※本記事は2019年11月時点の状況を整理したもの
G7やBISはグローバルな仮想通貨(Libra)について声明を発表。VisaやMastercardが相次いでLibra Associationから脱退。各国中銀がCBDCの発行を検討している。さまざまなニュースが飛び交うなかで情報を一旦整理する。 - Author: tak
要約
G7やBISといった国際金融規制当局はLibraのようなグローバルステーブルコインに対して「法規制の遵守や通貨としての監督責任を果たさない、グローバルステーブルコインの運用開始を認めない」との声明を発表した。それを受け、Libraは「国家主権を脅かすものではないし、国際金融の安定を重視する」との声明を発表した。
一方、国際金融規制当局は各国中央銀行に向けて「公的機関が主導して、法規制の整備に務めるべき」ことや「リスク解決に向けて各セクターと協力し会うべき」ことを提唱した。スイスではCBCD発行に向けた実証検証の開始が発表された。中国ではCBCDの発行が正式に発表された。米では議員よりFRBにCBCD開発検討を希望する書簡が提出された。日本では日銀でCBCDの発行が調査されている。
Libraとは
まず、Libraのミッションについて改めて確認する。
Libraのミッションは数十億人のエンパワーメントにつながる、シンプルでグローバルな通貨と金融インフラを提供することです。
ここから、Libraの機能として「シンプルでグローバルな通貨」と「金融インフラ」の2つが読み取れる。ブロックチェーン用語で言い直すと、それぞれ「ステーブルコイン」と「分散アプリケーション」に対応する。各国の反応を見る「ステーブルコイン」としての側面に着目しているようである。
以降「ステーブルコイン」としてのLibraに焦点を当てる。
ステーブルコインとしてのLibra
Libraは、通貨バスケット制による複数の法定通貨を裏付け資産としたステーブルコインを計画していた。法定通貨の構成比は、米ドル50%、ユーロ18%、円14%、ポンド11%、シンガポールドル7%という設計であった。
しかし、10月17、18日にワシントンで開かれたG20・主要20か国の財務相・中央銀行総裁会議では、リブラなどのデジタル通貨に「深刻なリスク」があるとの合意文書がまとめられ、当面は発行を認めない方針が確認されたことから、リブラをドルやユーロなどと1対1で連動させる代替プランへの切り替えが検討されている。
数あるステーブルコインの中で、Libraが優れている点は入手しやすさになる。Libraは
Facebookが提供するメッセージアプリ「Messenger」や「Whatsapp」から利用できる。これらのアプリは既に多くのユーザを抱えていて、アップデートするだけで利用できるようになる。つまり、Libraは急速に普及する可能性を秘めている。
Libraの発行権はLibra Associationが持ち、各国中央銀行にはない。中央銀行に発行権のない通貨が、日常的に使える通貨として普及してしまうことは、金融政策などの経済の回復や発展、安定化を測るような既存手法が通用しなくなる可能性を秘めている。
かつて、金融危機の資産防衛手段としてビットコインが使われたことがある。金融危機はヨーロッパの小国、キプロスで発生した。
キプロスは、欧州の実質的なタックスヘイブンのひとつだが、ロシアの富豪などを中心にキプロスに資産を預ける投資家が多かった。そんなキプロスが、2013年3月16日にギリシャ危機のあおりを食って預金封鎖や預金に対して課税する預金税を実施した。当然、富豪たちは預金をキプロスから逃避させようとした。その際に用いられた手段がBitcoinであった。Bitcoinに国境は関係ない。国の検閲を受けることなく、資金を自由に移動できる。
仮に、Libraが普及して同じような金融危機が発生したら、資金の逃避先としてLibraが用いられる可能性は高い。なぜならLibraの価値はBitcoinと異なりー定だからだ。キプロス金融危機の際にBitcoinの価格は急騰したが、Libraにこのようなリスクはない。
Libraの普及により既存の金融規制が効力を失う可能性がある。各国中央銀行にとって、好ましい状況とは言えない。
金融安定理事会(FSB)のレポートからG7の議長声明まで
FSBは国際金融に関する措置、規制、監督などの役割を担う組織。活動内容には「金融システムの脆弱性への対応」や「金融システムの安定を担う当局間の協調の促進」を含む。ステーブルコインについて話し合う場としてふさわしいと思われる。
FSBは2019年10月19日に「Regulatory issues of stablecoins」と題したレポートを発行し、ステーブルコインの監督と規制の必要性を喚起した。
内容としては、2019年6月に大阪で開催されたG20の声明の「革命的な技術は既存金融に有益であるが、暗号資産は国際金融を脅かしてはならない」を踏まえており「予想されるリスクを特定、監視、解決するために、効果的な規制と監督が必要である」と提起した。
10月にG7 working groupが、国際通貨基金(IMF)と国際決済銀行(BIS)の連名で「Investigating the impact of global stablecoins」と題するレポートを発行した。ちなみに、FSBの参加国にIMFは含まれるし、FSBはBISに設置されている。FSBでの議論を深めた形で、ステーブルコインの抱える課題が具体的に列挙された。
Libraのようなグローバルステーブルコインに対して「法規制を遵守し、通貨としての監督責任を果たし、あらゆるリスクを解決しない限り、いかなるグローバルステーブルコインの運用開始を認めない」とした。一方、ステーブルコインのような革新的技術が既存金融の欠点を解決する可能性を秘めていることを認めて「公的機関が主導して、法規制の整備に務めるべき」ことや「リスク解決に向けて各セクターと協力し会うべき」ことを提唱した。
このレポートに続く形で10月21日にステーブルコインに関する G7 議長声明が発行された。論調は上述のレポートを踏まえており「法律上、規制上及び監督上の課題やリスクに十分な対応がなされるまで、いかなるグローバル・ステーブルコインもサービスを開始すべきではない」とした。
同声明は「我々はまた、中央銀行デジタル通貨(CBDCs)の評価に関し、中央銀行により進められている協力的な取組を歓迎する」と締めくくられている。この声明に沿う形で、各国中央銀行はCBDCの発行を検討するだろう。
既にスイス国立銀行は、実証検証を開始している。
参考資料 - LayerX Newsletter for Biz (2019/10/14–10/20)
2019年10月8日にスイス国立銀行(SNB)がBISのイノベーションハブになることに合意した。そして、SNBは最初の取り組みとして2点をあげた。
一方が、トークン化されたデジタル資産の取引を含む、CBDCとBlockchainの統合検証。スイス証券取引所(SIX)が実証検証を担うが、実質的には傘下のスイスデジタル取引所(SDX)が担当するはず。
他方が、中央銀行によるデジタル通貨流通の効果的な追跡と監視が可能かどうかの検証。
なお、BISのイノベーションハブ候補として他にも、Hong KongとSingaporeの名前が上がっている。かつてBISはヨーロッパ単一通貨(ユーロ)の導入に大きな影響を及ぼしたと囁かれる。ユーロ同様、スイスでの実験はヨーロッパ単一CBDC導入を視野に入れているかもしれない。
事実として、2019年10月30日にドイツ銀行が「プログラム可能なデジタルユーロが必要である」との声明を発表した。
中国の中央銀行デジタル通貨(DCEPという呼称)
2019年10月末、中央銀行によりデジタル通貨を発行することが、正式に発表された。中国の習近平国家主席が、Blockchainの適用推進を表明して以来、人民日報でブロックチェーンが一面に掲載されたり、トップ大学でブロックチェーン講座開講が開始された他、早々に全人代で暗号法が可決される等、国家規模での取り組みの火蓋がいよいよ切って落とされた感がある。
参考資料 - LayerX Newsletter for Biz (2019/10/21–10/27)
DCEPの内容については、中国国際経済交流センター副理事長、黄奇帆氏の声明をもとに書き下ろされたwhtiepaterが詳しい。
声明で、Blockchainが米ドルの金融支配に対抗する手段であることに言及した。「イランへの金融制裁は、イラン国内の金融機関が外部と遮断される事態を招き」また「ウクライナ金融危機でロシアをSWIFTから外す可能性を示唆したことが、ロシアの経済危機を招いた」と批判した。そして、SWIFTは時代遅れであるとし、国際間決済においてBlockchainの方が優秀であるとした。国際取引の多くはドルを使わないと成立せず、従って国際取引の多くは米国政府やFRB(連邦準備制度)の監視を免れない。中国にとって米ドルに代わり、自国の監視下にある国際決済手段を推進することは重要である。
また、DCEPは2段階システム方式であることを明かした。これは8月に公開されたBinanceによるFirst Look: China's Central Bank Digital Currencyというレポートの内容と一致する。
一階層で中国人民銀行が商業金融機関へ通貨を供給し、第二階層で商業金融機関が民間へ再配布する。「DCEPは人民元のデジタル化ではない」とし「口座に紐づかないデジタル通貨であり人民元に代わり流通と国際化に貢献させるものである」とした。
他方、中国政府が発行するCBDCについては、全体主義国家が個人の行動を掌握し、追跡する手段であり恐ろしいとの見方もある。
2019年11月21日追記 -
2019年11月12日に中国人民銀行は、中国国民の個人情報を支配する意図でDCEPを発行するものではないとの見解を示した。決済取引の匿名性を維持したいとの要望は認識しているとのこと。
また、13日に中国人民銀行は、DCEPはまだテスト段階であると公式声明を発表した。ローンチの日付もスケジュールに関しても詳細を説明していない。そして、中央銀行の名前で行われるローンチの発表は、詐欺やマルチ商法の可能性もあると注意を促した。
Libraの反応と米議員のCBDC開発申請
Libra AssociationはG7 Working Groupのレポートを受けThe Regulatory Regime for Stablecoinsと題した声明を発表した。
その中で「Libraは国家主権を脅かすものではないし、国際金融の安定を重視する」と主張した。そして「マネーロンダリング等の非合法な金融を防止するよう設計され、既存の法定通貨法に適応されるような法規制を遵守するものである」とした。
2019年10月23日には米国議会によるLibraに関する公聴会が開催された。
Zuckerberg CEOは、米規制当局が認めるまで、世界のどこにおいてもリブラ発行に関与しないと言及し、発行期間の延期も視野に入れた返答を行なった。また、米国で認可されなければ、同社は運営組織であるLibra Associationから脱退する可能性も示した。加えて注目されたのは、中国人民銀行が検討中の中銀デジタル通貨。Libraは米国が金融における世界のリーダーシップを維持しつづけるための国益に資するものだと主張した。
参考資料 - LayerX Newsletter for Biz (2019/10/21–10/27)
Libra公聴会に先立ち、2019年10月はじめ、2人の米議員が、米連邦準備制度理事会(FRB)によるデジタル米ドルの開発検討を希望する書簡を送っている。
書簡で「デジタル法定通貨が広範に採用されることにより、米ドルの優位性が長期的に脅かされる」と懸念を示した。そして「フェイスブック・リブラの提案がもし実行されれば、米国管轄外における金融ガバナンスの重要な側面を取りさってしまう可能性がある」と主張した上で「FRBは、米国の中央銀行として、国家のデジタル通貨を開発する能力と然るべき立場を備えている」とした。
日銀の法律問題研究会
日銀はG7声明の1ヶ月前に「中央銀行デジタル通貨に関する法律問題研究会」報告書と題したレポートを発行した。「CBDCに関する関心が高まっている」とし「CBDC の発行については、金融システムや経済全体への影響を慎重に見極める必要性が指摘されていることから、わが国における CBDCを巡る主な法的論点の洗い出しおよび検討を行った」とした。
CBDCを法によって強制通用力を与えられた通貨(法貨)として認めるかについては「日本銀行法および通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律の改正、または新規立法が必要となろう」として慎重に検討する必要があるとした。「電力に依存する点で災害時の決済手段としての有用性に欠ける」というデジタル通貨特有の問題も指摘されている。
レポート内で、CBDCの発行形態として「口座型」と「トークン型」の2つがあげられた。口座型は銀行口座のような形態で、トークン型がBitcoinのような形態。CBDC の発行や利用にあたり、日本銀行が手数料を徴収することについては「政策的見地から無料あるいは原価を大幅に下回る水準に設定することが考えられる」とした。
通貨の流通形態としてトークン型の場合で直接金融と間接金融の2パターンが考察された。前者は日銀を唯一のバリデーターとするPublicチェーンのようなもの。後者は、中国のCBDCのように、日銀と一般利用者の間に金融機関のような仲介機関をおくモデル。
トークン型通貨を不正取得するため、悪意ある人物がCBDCウォレットに不正アクセスして通貨を奪取した場合について「現金の場合と同様に、不当利得返還請求または不法行為に基づく損害賠償請求による救済を検討することになろう」とした。また、トークン型通貨を強制的に差押える場合について「具体的な方法は十分に整備されておらず、どのように整備するかが問題となろう」とした。そしてCBDCの偽造・複製行為については「現行法のもとでは、CBDCの偽造・複製行為には通貨偽造罪は成立しない」とし、法改正が必要であるとした。
CBDC に現金と同様の匿名性を付与することに対しては「AML/CFTの観点から、慎重な検討を要する」とした。また、仮に現行の AML/CFT 規制と同様の規制がCBDCについても適用されるならば「日本銀行または仲介機関は本人特定事項等を確認する責任を負うことになる」とした。
2019年11月21日追記 - MASはJP MorganやTemasekらとともに通貨のリアルタイムグロス決済や、チェーンを跨いだ証券と資金決済に関する実証実験を行ったと発表した。そして、2年に渡る検証のレポートを2020年始めに発表するとした。
「今回の実証実験を通じて、他国の中央銀行もブロックチェーン技術に興味を示し、世界各国の銀行でブロックチェーンを通じた国際決済ネットワークを構築できるようになることを望む」とMASの担当者は発言している。
参照: LayerX Newsletter for Biz (2019/11/11–11/17)
金利調整機能付きCBDC
「中央銀行が終わる日―ビットコインと通貨の未来―」という本の「金利付き中央銀行デジタル通貨」という概念が非常に興味深い。
長期的な低金利政策によって流動性の罠に陥ってしまうと、金融緩和政策は効力を失う。これを抜け出す方法としてシルビオ・ゲゼルが提唱する減価する貨幣が有効である。
財やサービスの多くが時間の経過とともに劣化するのに対し、インフレがないと仮定すると貨幣の価値は減らない。一方、減価する通貨は、徐々に貨幣価値が下がる通貨である。たとえば「1万円札が毎月50円ずつ減価する」そのような通貨だ。預金により価値が目減りすることは、人々の消費行動を促進し、結果として強いインフレ圧力が働く。ゼロ金利の壁を超え、マイナス金利になることでデフレを脱却する。
この通貨が提案された当時は、貨幣にスタンプを貼ることでしか価値の減価を行えなかった。しかし、Blockchainの登場によって貨幣の金利をプログラムできるようになった。日本のように流動性の罠に陥ってしまった国家にとって、金利調整機能付きは、デフレを脱却する救世主となりうる。
また、公定歩合の変更や公開市場操作といった間接的な手法でしかなし得なかった金融緩和や金融引き締めを、プログラム化された金利操作による直接的な形で行えるようになることの影響は計り知れない。この様な形での金融政策は絶大な効力を発揮するだろう。
本記事に関する勉強会で出た意見
2019年11月21日追記
- 「各国政府がグローバルステーブルコインに拒絶反応を示のは、通貨発行益を得られなくなることが大きいのではないか」という意見が出た。グローバルステーブルコイン発行益はコンソーシアム参加者で分け合うので、各国政府へは還元されない。「自分たちの利益のためとは、大々的に言えないので、公にはされないが、裏ではそのような思惑もあるのではないか」とのこと。また「LibraだけでなくRipple等の国際決済手段になりうる通貨は、等しく規制の対象になるべきだ。なってないのは、通貨発行益を侵害しないからなのではないか」とのこと。
- 「米国民は法定通貨のような国が中央集権的に管理する仕組みに、ネガティヴな印象を持っている。なので、CBDC発行にも積極的に共感できない」という意見が出た。「中央集権で強い政府に共産主義を感じて拒否反応を少なからず示す」とのこと。
- 「暴力団等の反社会的組織は、マネーロンダリングのたの手段として、仮想通貨を積極的に研究している」とのこと。「北朝鮮やイスラム過激派も同じ。各国規制当局はグローバルステーブルコインの普及によって、統治体制が転覆されるのではないかという不安を抱えている」とのこと。性善説に立てばグローバルステーブルコインの普及は世の中を便利にするはずだ。一方、世の中には悪事を働こと自棄になっている人もいるので、性悪説に立つことも大切だと気づいた。